産後の身体

人の身体の仕組みは本当に良く出来ているけれど、一つ間違えてしまうとたちまち悪循環に陥り、様々な症状が出て来る事がある。

出産を体験して思う事は、出産の後ほど血液が体中に巡る事はないけれど、産後の身体をどうケアしていくかによって身体に大きな影響を与えてしまうのだと言う事。

フランスで私のボディケアの施術を受けていた患者さんから、フランスでは産後のケアまでしっかりしてくれるのだという話を聞いた。日本では、産後のケアはほとんど無いと言ってもいいのではないかな・・・。

私の体験と、ある母の患者さんの話をもとに、気づいた事を書き留めておきたいと思う。

出産後二週間程たった時、私の足は今までにない程に血液の行き届いた良い足の状態になった。難産にはなったものの、帝王切開になる前に(ほぼ頭が出そうになっていた状態)で全身がガクガク震えて寒くてしかたがなくなったけれど、母の足の治療を受けて全身に血が廻り始めると同じ様な状態になったものだった。その経験から、恐らく子供を出そうといきんでいる作業で、全身に血が廻ったのであろうと思っている。

出産後直ぐは足が二倍くらいの大きさに浮腫んでしまったけど、浮腫が引いた後の足の状態は今までにないほどに驚く程良いものであった。

しかし、それから二週間程後から毎日快調だったお通じがピタッと止まってしまい、おっぱいをあげる姿勢や抱っこをしている姿勢から背中がバキバキに張ってしまい、骨盤も緩んでいるからか腰に大きな痛みが走り始める。

もの凄く大量の血液が流れた後だからこそ余計に、身体の歪みや負担のかかっている場所で血液の悪循環が起こっていた様。

私のお通じが悪いと、私のおっぱいを飲んでいる息子まで便秘になってしまい、これではいけないとケアについて考えることに。そして、一日の終わりに必ずストレッチをやるようにした。

背中の歪みを取り、身体の後ろ側の筋肉をほぐしていく。その日によって、張っている部分が違うのが良く分かるけれど、一日の歪みはその日のうちにとってリセットする様に心がけた。

不思議と、身体の後ろ側に血が流れる様になると、固かった足の裏も柔らかくなっている。あ、血がちゃんと通ったと確認できる。

すると、お通じも元に戻り、何といっても息子が超いい子になった。元々、夜も良く寝るしあまり手がかからない子ではあったけれど、ぐずらないし、おむつが綺麗でお腹が満たされていれば起きていても一人で手や足を動かして遊んでいるようになった。

だから自分にも余裕ができて、こうしてブログも書けるのであります。

先日、母の患者さんの話を聞く機会があった。その方は、一人目の子を産んだ後から体調を崩し、二人目の子を望んでいたのだけれどなかなか授からずにいた時に母に出会い足の治療を始めた。

最初の頃は、この足では授からない!!という程循環の悪い足をしていたそうな。よくよく話を聞いてみると、どうやら一人目の子を産んだ後のケアが無かったために、そのように血液循環の悪い足になってしまったようであった。

まず、一人目の出産の際に会陰切開をしたのだけれど、その傷口を縫ったのが研修医だったらしく、「そんな縫い方じゃだめだよ」と医師に注意されながら縫われたらしい。

その後、傷口がつれて痛くて座る事も出来ず、手もまともに動かせなくてオムツも替えられない程だったのだとか。

家事など日常生活が自分で出来ない程不調になってしまったらしい。

おっぱいは出るのだけど、乳腺炎にもなってしまいとても痛い思いをしたのだそうな。驚いたのは、おっぱいがカチカチになってしまって助産師さんに揉んでもらいに行くと、石灰のような塊がおっぱいから出て来るのだと。

そして、それを飲んでいた赤ちゃんの便はカチカチの石ころの様な便で、壁に投げてぶつけても形が崩れない程に固い塊だったのだそう。

お風呂に入れば、シャワーが足の甲に当たるだけで痛くて痛くてしょうがなかく、お医者さんに相談しても特に異常はないと。足の甲の部分は、胸部リンパの反射区がある所。胸部リンパが完全に悪循環に陥っていたのだろう。

そして、赤ちゃんはいつもグズグズでずっと誰かが抱っこしてあげないと泣いてしまう状態だったのだそうな。

足の血液循環法を始めてから、今その頃振り返ってみると色々と気がつく所があるけれど、やはり知らなければケアの仕様が無い。知らないという事は怖い事だとおっしゃっていた。

その方は、足の状態が良くなって来た頃、無事に第二子を授かったのでした。

本当に、自分の身体の事は分かっているようで分かっていない、そして気づいていないという事が多いもの。

でも、必ずどんな形でもサインが出ているはず。

身体は本当に賢く正直だからこそ、自分の身体を知り、ケアしていく術を身につけておくと良いと思う。

あと数日で息子を産んで丸二ヶ月。

腹筋とかしてる訳じゃないけど、縦の腹筋の線は戻って来た。身体はちゃんと覚えていて、正しい使い方をしていればきちんと元に戻るのだなと思います。

これから、産後ケア講座とかやっていけたらいいな。CIMG5607

廻そう、血。ぐるんぐるん。

 

 

 

2014年

??-10新しい年が始まった。

思い返すと、2013年は初めてだらけの一年間だった。

自分のダンスの仕事が目的ではないヨーロッパ生活に、気持ちの持ち方が上手く行かずになかなか苦しんだ事もあった。でも、誰かの為に出来る事があるという事はとても幸せなのだという事にも気づかせてもらった。

それでも、やっぱり私はダンスが好きで、ダンスを踊ったりダンスを創ったりする事はずっとずっと続けていないと私は駄目になっちゃうな〜という事にも気づかせてもらった。

それも、フランスでの旦那さんとの生活が大きく影響していると思う。沢山公演も見に行ったし、沢山意見も交換したし、沢山言い合いもしたけれど、大事な事を得る事が出来た本当に充実していた時間だったと思う。

自分にとってダンスの大切さに改めて気づいた時、息子を授かった。ずっと子供が欲しいと夢見ていたけれど、やっぱり自分がいい状態になった時に、きちんとやって来てくれるものなのだとビックリした。

まるでお腹の赤ちゃんにもダンスは続けなきゃだめなんだよ!と言われている様な気すらした。

長かったようで短かった十月十日。だんだん大きくなっていく自分のお腹に出産への不安と赤ちゃんに会える嬉しさと入り交じって不思議な期間だったな〜と思い出される。

そして、予想外の難産を乗り越えて息子に出会えたときの感動は2013年で一番の出来事!!

想像を遥かに超えた痛さでありました・・・。

2014年は初めて息子と迎える年。

この一年は、育児を通して色々な事を学ばせてもらえるだろう。

日に日に大きくなって、日々違う表情を見せてくれる息子。

この今しかない瞬間を大切にしていきたいものです。

おっぱいあげて、おむつ変えて・・・ 今はこの繰り返しだけれども、ほんの少ししかないこの時間を沢山楽しんで、良い時間にしていきたい。

そして、自分に出来るダンスを、自分がやりたいダンスを改めて考えて、実行出来たら尚良い。

焦らず自然に、今の自分に出来る事を精一杯頑張りたいと思います。

2014年、皆様にとって素敵な一年になります様に・・・・

今年もどうぞ宜しくお願い致します。

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身体について

?? 1出産を通して、改めて身体の事を考えるきっかけとなった。

数年前から母が勉強してくれた官足法を実施している自分は、出産も恐らく安産になるであろうと思い込んでいたけれど、その想いとはうらはらに難産になった事で、改めて見直した事がたくさんある。

やはり身体というものは正しく使い、正しくメンテナンスしてあげなければいけないという事を痛感。これから出産する方、それから出産後の身体のメンテナンスなど、自分の経験を通して広めて行けたらとつくづく思う。

まず、私がどうして難産になってしまったのか。それは恐らく、幼少期の間違えたバレエを習ってしまった事が原因の一つになっている思う。間違えた方法で身体を使ってしまった私は、真っすぐだった足は完全にO脚になってしまい、背骨まで曲がってしまった。中2でバレエ教室を変え、今バレエを始めたと思ってくださいと先生に言われ、遅れを取り戻そうと必死で練習した結果、足を痛めて二度の手術。相当の負担が足にかかってしまったのであろう。

バレエやコンテンポラリーダンスでもそうだけれど、身体を分かり正しく使えていなければ、身体にかかる負担は大きなものになる。母が官足法を始めてくれてから、怪我や体調不良は驚く程改善されたけれど、若い頃にかけた負担は私の身体に何かしらの形で残ってしまったのだなと思う。

緊急に帝王切開になってしまった一つの理由に、尾骨が内側にカーブしていて、赤ちゃんの頭がつかえてしまったと先生に言われたけれど、それも間違えたバレエが大きく関係していると思っている。

そしてもう一つ、筋肉(特に腹筋)が強いと出産の時に問題が起きるという事が結構あるらしいと叔母から話を聞く。

私の叔母も帝王切開で子供を二人産んだ。叔母はバスケットボール選手で、国体まででた経験の持ち主。

自然分娩の予定であったけれど、腹筋が強すぎて、イキむと自分の腹筋を使ってしまって上手く赤ちゃんが出て来れなくなってしまったらしい。その後病院の先生に、もし女の子が産まれたら、あまり激しい運動をさせない方がいいですよ。と言われたのだと話してくれた。

しかし、身体を使っていた為、産後の回復が早くてお医者さんにびっくりされたのだとか。

私も、出来れば自然分娩で産みたかったけれど、今は相当負担がかかっていた身体であったのにも関わらず、子供を授かれた事だけでも幸運だったと思う様になった。

そして、ずっと続けていた官足法のお陰で血液循環はとても良いようで、身体の回復は本当に早い。

そして、それはきちんと子供にも受け継がれているようで、黄疸が出ていても驚異的な数値の下がり方に病院の先生もびっくりしていたし、へその緒が取れるのも早くて、吸引で引っ張られた頭も形が整うまで数ヶ月かかるだろうと言われていたけれど、1ヶ月も過ぎていない今でも吸引したと言わなければ誰も気づかないまで整ってくれた。

そして、血液でできているという母乳の出もとても良い。変な話だけれど、母乳を飲ませていないと乳が張ってしまったり、母乳パットをつけていないと漏れてしまったりということが一切なくて、母乳が出ていないかと心配になってネットで検索してみた所、どうやらこれは差し乳というらしく、理想的なお乳なのだとか。溜めずに赤ちゃんがすい始めるとお乳を出すシステムなのだそうな。完全母乳だけれど、母乳を飲んだ後は3時間〜4時間ぐっすり寝てくれる息子。この差し乳になるには、血液の循環を良くする事が第一なのだそう。

出産後、今までにないくらい調子の良い自分の身体に、出産が一番の血液循環法だと言っていた母の言葉を思い出す。

お腹は切ってしまったけれど、どんなアクシデントに見舞われても、血液の循環さえ良くしておいてあげればどんな事も良い方向へ向かうのだと痛感。

これからも身体全体に綺麗な血を巡らせてあげれる様に、息子のメンテナンス、そして自分の身体をメンテナンスをしっかりしていきたいと改めて思うのでした。

人間の身体って、本当に素晴らしいシステムで出来ている。

自分の身体を良く知り、ケアを怠らず、この素晴らしいシステムを自分の味方にできるように、これからも日々精進です。

産まれる

やっとこさ色々な事が落ち着いて来たので、これからの人生で絶対に忘れる事の出来ない長男誕生の事を書き留めておこうと思う。

11月11日、夜からおしるしのようなものがあり、陣痛のようなお腹の痛さは時々やって来るものの、間隔があるのでそのまま眠りにつく。

11月12日、朝からお腹の痛さが15分間隔くらいでやって来て、産院に電話。

10分間隔になるまで家で待機してくださいとの事。お昼を食べて、10分間隔になったのはもう19時近く。

もう一度産院に電話すると、6〜7分間隔になるまで待てとの事で、更に待って夜22時過ぎについに6〜7分間隔に。産院に向かった。

その日は4人の出産があったとの事で、ついてから普通の部屋で少し待たされる。

出産を終えた先生が私の内診をすると、なんと破水していると!!!全く気づかなかった・・・。

そして破水しているから、もし今日中に産めなければ、促進剤を使って明日中には産まなければいけないという話をされて、陣痛の間隔が狭まって来る事を期待しながら、陣痛の痛みに耐えながら夜を過ごすも、陣痛が一度収まってしまって30分くらい間が空いたりしながら朝に・・・。

9時過ぎに促進剤を打ちはじめ、いきなり凄まじい陣痛が襲ってくる。痛いなんてもんじゃない。

どんどん陣痛の間隔が狭まり、耐えられずナースコールを押しまくってしまう。

いよいよ子宮口も全開という事で、先生もいらっしゃったけれど、どうやら頭がなかなか出てこないとの事。

会陰切開をしますと言われ、それでも駄目だと吸引をするという事に。

小さな吸引では駄目で大きな吸引にするもまた駄目。最終的には、陣痛が来た時に吸引するのと同時に3人の助産師さん達に上から、そして左右からお腹を思い切り押される。痛いし、苦しいし、本当に辛かった。

これで駄目なら、帝王切開になります。と言われ、最後の最後まで頑張ったけれど、緊急で帝王切開手術を受ける事に。その頃には、私の体力も限界に達していて、もの凄い震えにガタガタして、話をする事もままならない。

終わりの見えない辛さに、帝王切開になった事に少しホッとした自分がいた。

意識も朦朧としている中、手術が始まり、午後15時30分長男の元気な産声をやっと聞けたのでした。

その瞬間は、感動なんていう言葉ではすまないくらい、今まで感じた事のない気持ちで涙が溢れた。

赤ちゃんの声が聞こえた瞬間に聞こえた別の声。「うわ〜!大きい!!!これじゃ出ないわ」という先生の言葉。

私の狭い骨盤に対して赤ちゃんの頭が大きかったとのこと。それに加えて、私の尾骨が内側にカーブしていて、頭も引っかかってしまった様。そして、胎盤が上の方についていたのに対して、へその緒が短かったということも、出て来れなかった要因になったようで、色々な事が重なってしまったのでした。

壮絶な23時間での出産。

11月13日(水)15時30分、3580gの元気な男の子を無事に出産致しました。

大変な出産だったけれど、何よりも元気に産まれて来てくれただけで神様に感謝。

本当に、死ぬ気で産んだ子でございます。

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しかし、身体の戻りはなかなか早いようで、初産で帝王切開でもあるのに子宮の収縮が良かった様子。

翌朝、もの凄いお腹の痛さで目が覚めてナースコールを押し、薬を出してもらったら、子宮の収縮の痛みでしょうと言われ、助産師さんに珍しいと言われる。

手術後は足のむくみが酷く、倍くらいの大きさになってしまったけれど、それも一週間でほとんど無くなり、体重は既に7kg減った。

大切な大切な赤ちゃんには、瑛士(えいじ)という名前を付けた。

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11月13日、瑛士の誕生日には毎年この辛かった出産を思い出しては神様に感謝するのだろうと思う。

素晴らしい宝物をいただけた事、一生忘れません。

これから瑛士がすくすくと育っていけますように・・・。

あの出産の辛さに比べれば、この先何だって耐えられる気すらする。

けれど、一目息子の顔を見ただけで、辛かった事全て吹っ飛んでしまうから不思議。

本当に感謝の気持ちだけです。

これは、産院へ行く前に家でくつろぐ様子を旦那さんがビデオに収めてくれた模様。

こんなにお腹大きかったのか〜!とびっくり。

もうすっかり、お腹が大きかった時の記憶は無くなってしまっているから不思議です。

良い記念。

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着物

母方の祖母は、着物を自分で縫う人だった。

祖母は一昨年亡くなってしまったけれど、祖母から貰った着物が何着もうちにある。

亡くなる二年前には、押し入れを整理する様に色々な着物を見せてくれて、中には祖母が自分で織った反物で作った着物もあって、少し痛んでいたけれど貰って来て、沢山の祖母の手縫いの着物や羽織りがうちに置いてある。

母が元々持っていたものもあるから、かなりの数はあると思われる。

母はずっと、自分が大学を卒業する時に作ってもらったという訪問着を私にくれるという話をしていた。

赤ちゃんが産まれたら、お宮参りをする時にその着物を着たいと話していたのだけれど、昨日初めてその着物を目にした。

母が作ってもらった時には若草色だったらしいけれど、シミがついてしまって染め直したのだという。

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祖母は、絹の白地を選んでから色を染めて着物を作っていたらしい。

そして、この訪問着も祖母が縫ってくれたものだとか。

着物の事は私には良く分からないけれど、祖母のこだわりの品達は、母の着付けをしてくれた人が何とも着付けしやすいのだとお褒めの言葉を頂いたのだと話していた。

私が結婚式を挙げた時にも、母方の親戚の家にある白無垢と袴を借りた。

白無垢と袴が家にあるというのも驚きだけれど、こだわりの婚礼衣装を着れた事は一生の思い出。

白無垢の白があまりに真っ白で感動したものだった。当初、綿帽子ではなくて角隠しをしようと思っていたのだけど、角隠しに少しシミがついてしまっていて、結婚式場の角隠しを見せてもらった。

けれど、白の色合いが合うものが一つも見つけられず、結局綿帽子にしたのだった。

式場の貸衣装の角隠しと、親戚の白無垢の角隠しと、何かが違うのは着物素人の私でも一目で分かった。

旦那さんが着た袴も、話によると帯もとても珍しいものを使っているとか。同じ袴で結婚式をあげた従兄弟達は、着付けの人に驚かれたのだと言っていたし、旦那さんもそう言われたと言っていた。

やっぱり、祖母から色々な事を聞いて育った母のお姉さんだから、一生ものの買い物にはこだわったのかもしれないと思う。そして、あの白無垢の白を保っておくには、本当に行き届いた手入れが必要だよな・・と今つくづく思う。

そうして、丁寧に手入れしながら何年も何年もあの純白を保てる技術。日本の文化はやっぱり素晴らしい。

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もう一度、白無垢着たい。

一生に一度だから良いのでしょうけれど、重いし肩は痛くなるし大変だったけれど、本当に素晴らしい良い思い出です。

 

 

 

 

日本の素晴らしい文化に触れる機会があまり無いのは残念だけれど、これから子供を育てながら、着付けとか勉強して、お婆ちゃんがつくった着物を日常的に着て楽しめる様になれたらどんなに良いかな〜と思う。

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そして、時代を経てもちっとも変わらない着物の良さ。

母の着物を着れる日を、今から楽しみにしている。

その頃は、お腹のスイカも無くなって、スッキリしているはず。

着物、大好き。