炎上

IMG_6906今、のぶみさんの「あたし、お母さんだから」という歌の歌詞に批判が集まっているらしい。

ある雑誌で、のぶみさんの書いた「神様」についての短い漫画がとても腑に落ちる様な表現で好きだったけれど、その後子供の絵本を書いていると知り、図書館で絵本を読んでみたけれど、私個人的には息子に読みたいとは思わなかったので、自分で留めておいた事はまだ新しい記憶。

歌の歌詞を見て共感する部分も勿論あったけれど、なかなかモヤモヤが残った。

そんな中、米米CLUBの石井竜也さんのコメントにとても共感した。

「母親っていう存在と女性っていう存在は違うんですよ。女を歌うんだったらことごとく女を歌ってあげればいい、母親を歌うんだったらことごとく母親を大事に歌う。その中間にいるからこれだけ責められるんですよ。それを一緒にしちゃだめなんですよ。だから、これはプロの歌詞じゃない」

「公に出す人間ていうのは気を付けて書かないと。色んな立場の人が聞くから」

同じような例として石井さんは、自身がクリスマスソングを作詞する時のことを例に上げ、

「お父さんとお母さんと楽しいクリスマス、そんな子どもばっかりじゃないでしょう? お父さんがいない子もいるかもしれない、お父さんとお母さんどっちもいない子もいるかもしれない、クリスマスさえやってもらえない子もいるかもしれない。その時にクリスマスソングに『パパ』と『ママ』って入れてしまうと、クリスマスソングが平等なものじゃなくなっちゃう」

歌にはパパやママ、プレゼントといった家族をイメージさせる言葉を入れず、「サンタクロースと君の話だよってする」といったのだそう。

そのくらい、公に出す人間というのは気をつけないといけないと。

自分が経験した事で、石井竜也さんの言っている事には大きく頷けた。

本の出版が決まる前、連載をもっていたWebマガジンで記事が炎上しかけた。

私はただ、母の官足法の施術を受けていた方に起こった事実を記しただけだったけれど、その記事を見た医療関係者やネット記者から色々な事を言われてしまった。

そのWebマガジンは連載記事であったけれど、毎回Yahooニュースにも載せられていたもので、中にはその回しか読んでいない方もいた。

2000文字という限られた文字数で全てを書く事は難しく、更には連載であった為に、前の記事を読んでいる前提で書いた2000字では、自分が全く意図していない受け取り方をされ、その事は大変ショッキングで、自分の書いたものを公に出すという事に怖さを覚えた。

炎上しかけた時には、こんな風に勘違いされるくらいなら、もう公になんてしたくないし、官足法を広める前に自分が傷ついてしまう・・・と思った。

炎上しかけ、Webマガジンの連載は即中止となり、紙媒体にしましょう!と本の出版が決まった。

1冊の本にまとめられるのであれば、自分の伝えたい事をしっかり伝えられるかもしれない!!!と、未だに怖さはあるけれど、頂いたこのチャンスにかけてみる事にした。

本当に、自分の作ったものを公に出すという事には責任があると思う。

それはダンス作品であっても、文章であっても、歌詞やアート作品であっても同じ事だと思うけれど、私は今回の自分のWebマガジンでの騒動で、自分が表現したい事だけを表現するという事と、その作品を発表したその先の事まで責任を持つという事をまた考える機会となった。

今回本を作るにあたって、Webマガジンでの経験はとても役に立った。

なぜなら、〇〇という言い方をしたら、△△と思う人もいるかもしれないから、もう一文付け加えておこう。と考える様になった。

どんなに小さな事でも、まず、自分の意図していない事を想像する人が居るかもしれない・・・と思う様になった。

石井竜也さんの言っている「プロ」とは、そういう様々な人が聞くという事まで考えられる人なのだと思った。

だからこそ、そういう「プロの言葉」には感動してしまうのだと思った。

人には色々な感じ方がある。

十人十色あっていい。

けれど、やはりそれを「公にする」場合、気をつけないといけないのだと思う。

そして、もう1つ少し気になる事。

私自身、「おかあさんだから・・・」と我慢していた事も確かにあったけれど、本当にストレス溜まってイッパイイッパイになった時、旦那さんから「飲みにでも行って来たら?」と言われて、息子寝てるけど、夜起きる事もあるかもしれなかったけど、意を決して1人飲みに行ったら本当にスッキリして、逃げ場が出来て、今ではその1人飲みに行けるお店がある事は大きな大きな救いとなっている。

時には息子が寝てる間に、旦那さんが家にいてくれれば1人カラオケにだって行く。

そうして、自分はお母さんだから・・・と考えるより、「私だって人間だし。息抜きも必要」と自分に少し優しくなる様になった。

そうしたら、育児も自分の時間もより楽しめる様になったし、息子がなかなか言う事を聞いてくれなかったりする時にも「この子も人間だし、そりゃ嫌な時もあるよな」と思える様にもなった。

お母さんだって、楽しまなくっちゃ♪

人生一回しか無い。

一生懸命お母さんして、一生懸命自分も楽しんで、皆が笑っていられるのが一番良いじゃないか。

と、お母さんだって楽しんでいいじゃないか!!!!ともの申したくなった。

 

その楽しみが子供と過ごす時間の人だっている。時々の1人飲みだったり、一人カラオケだったり、踊る事だったり、お仕事だったりする人も居る。

そのやり方はそれぞれあっても、皆それぞれ一生懸命がんばっているのだから!

と、のぶみさん騒動で色々な事を考える機会となった。

ジェローム・ベル「Gala」

stage_71720ジェローム・ベルの「Gala」を観劇。

ジェローム・ベルの作品「The Show Must Go On」に出演させて頂いてから早6年。

ジェローム・ベルとの出会いは私の人生を大きく動かしたと言っても過言ではない。

パリに住んでいた時にも作品を観に行ったけれど、彼の作品は、ダンスとか演劇とか、プロとかアマチュアとか、様々な垣根を越えて、人間とは??という事を説いている様な、人という存在を改めて見つめ直す機会を与えてくれる様な気がする。

今回「Gala」を見て、とても素敵な時間を過ごさせて頂いた。

たくさん笑ったし、時に涙が溢れそうな瞬間もあった。

けれど、1つ感じた事は、ジェローム・ベル本人が来日していなかった事で作品の完成度が少し弱くなっていたのでは?という事。

6年前、本番2日ぐらい前に初めてジェローム・ベル本人が出来上がった作品をチェックし、様々なフィートバックがあったけれど、やはり作品の作者が居るというだけで、作品への理解、向き合い方はガラリと変わる。

今までやって来た事はなんだったのか!?と思う程に、作品中の1つ1つの在り方の理解が深まったものだった。

そして、その数々のフィートバックから、どんな動作をするのであっても、観客の前でステージに立つという事がどういう事か、改めて考えさせられた機会であった。

私にとって、ジェローム・ベルの作品は今までのダンス人生の中で、舞台に立つ事、舞台でやらなければならない事と作品とが一番腑に落ちた作品であった。

そんな事を思い出しながら、「Gala」でみた事を振り返り、きっと舞台に上がっていたパフォーマーの皆さんも、ジェローム・ベルの案内のもとでこの作品を上演したかっただろうな・・・と思った。

何より、やはりジェローム・ベルは凄い。

私は本当に、彼の作品が好きだ。

良い時間を過ごさせて頂いた。

余談ではあるけれど、実は私と旦那さんの出会いは6年前の「The Show Must Go On」の公演。

ジェローム・ベルがいなければ、息子はこの世には存在していないと言ってもいい。

今日は久しぶりの再会もあり、とても嬉しい時間でありました。

「Gala」について、旦那さんが書いています。

http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/16312

https://www.cinra.net/column/201712-jeromebel

お参り

IMG_6819とても久々のブログになりますが、2018年もどうぞ宜しくお願い致します。

2018年、蠍座の人にとっては12年に一度のとても良い年になるらしく、それを信じてやみません。

すでに、特別な年になるであろうという事は本の出版が決まった時から感じていた所。

何よりも、母と自分の想いを一冊の本にして頂ける事は、本当に本当に幸せな事で、沢山の方のサポートのお陰様で、自分が思い描いていた事を全て形にしていただいて、こんなに幸せな事はありません。

人のご縁というものは本当に不思議なもので、巡り会わなければいけない人とは巡り会うべき時に会える様になっているのだと感じる事は多々。

今日、最後のゲラが出来上がり、用事の後、明治神宮へお参りに・・・・。

明治神宮に到着する寸前、今回本を出版する運びとなったきっかけとなる編集者さんとの初めての出会いが明治神宮からすぐのスタジオだった事を思い出し、全てはそこから始まったのだな。と感慨深くなってしまった。

結婚式を挙げたのも明治神宮。

式を挙げたいと思っていた3ヶ月前、たまたまポンと用意されたかの様に空いていた式場と披露宴会場。

その日でなかったら、父は結婚式に参列できなかったかもしれないタイミングで式を挙げられたご縁。

息子の名前をつけるとき、明治神宮に命名をお願いし、8つぐらいあった名前の中で旦那さんと考えていたものと全く同じ漢字の名前が1つあって、息子の「瑛士」という名前はそれで決定したというご縁。

思い返してみると、明治神宮という場所は私の人生においてとてもとても特別な場所になっています。

今日、早足でだったけれど本のご報告をさせて頂きました。

3月6日、出版社幻冬舎さんより本が出版されます。

題名は、もしかしたらもしかしてまだ変わるかもしれないので、最終決定しましたらまた報告させて頂きます。

様々な体験談、そして母の想い、私の想いを素晴らしい形にしていただきました。

沢山の方に読んで頂けたら、そして1人でも多くの方が、自分の健康を自分で守ろう!という気持ちになって、身体に興味を持ってくれたら・・・と思います。

 

お誕生日会

IMG_6283今日、幼稚園での11月生まれのお誕生日会に招待された。

舞台上に座り皆からお祝いしてもらい、会の後にはお茶室で園長先生やお茶の先生のお話を伺いながら、子供の成長した所などをお話する時間。

息子を今通っている幼稚園に通わせたかった一番の魅力は、年中さんから茶道の授業があるという事だった。

茶道の時間には制服を着て、白いソックスを履き、正座で授業を受ける。

今年のお誕生会はお紅茶を頂いたけれど、来年はお抹茶を子供が運んでくれるらしい。

そして、再来年には子供が私達にお茶をたててくれるのだそう。

息子の通う幼稚園では、もう60年以上も茶道の授業を行っている。

どうして茶道の授業を始める事になったのか、今日改めてお話してくださった。

幼稚園が開校された頃、真新しいピアノを傷つけてしまった生徒がいたのだそうな。

園児を怒ることは出来る。生徒がピアノを傷つけた事はいけない事。けれど、怒った所でその時だけの事になってしまう。

その時、当時の園長先生が「どうしたら物を大切にする気持ち、人を大切に思う気持ちを養う事ができるだろう」と考え、茶道の作法というものは、「お先に頂戴致します」と隣の人を敬い、お菓子を取る一つの動きでさえもお箸の向きを次の人が取りやすい様に置いたり、一つ一つの道具を丁寧に扱う事をしたり、様々な所作を通して物を大切にする事、人を大切に思う心を育てるのではないだろうかと考えたのだそう。

最初は園庭にゴザを敷いて始めた茶道の授業も、今では3代目の立派なお茶室で行っている。

自分が外国で勝負しなければならなかった時、日本の文化をもっともっと勉強しておけば良かったと思った。

けれど、中学校3年間の時に受けた茶道の授業は確実に自分の中に残っていて、ヨーロッパでの生活をする中で、より茶道の所作などを思い出しては、日本の文化の美しさを懐かしみ、もっともっと勉強したいと思ったのもだった。

グローバル化している今の世の中、英語の教育に力を入れている所も沢山ある。

勿論、それも素晴らしい事だと思うけれど、息子には自分の国のとても美しい文化に触れる機会を、幼稚園という様々な事を吸収する時期に体験させてあげたかった。

そして、その恵まれた環境に、また改めて、この幼稚園で学ばせてもらって良かったと思った。

子供のワークショップを考える時、子供を舐めては行けないと思っていたけれど、今日茶道の先生が同じ事をおっしゃっていた。

子供だから出来ないとおもったら大間違い。子供はしっかり大人の背中を見ているのです。と、とても穏やかな口調で、美しい日本語でお話なさる先生に、とても感動した。

これからも、楽しく沢山の事を吸収して欲しい。

未来ある子供達に、良い物に触れられる機会を与えて行けたらいいな。

先生達の劇も素敵でした。

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子供の力

IMG_5931息子と一緒に過ごす時間の中で学ぶ事は本当に多いけれど、昨日のワークショップを終え、息子からたくさんギフトを頂いていたのだなと改めて思った。

昨日実行したワークショップは、私がやりたかった事を形にさせてもらったもの。

出来るだけ言葉のインフォメーションを使わずに想像して感じて欲しかったから、ある時、息子がお風呂になかなか入ってくれなかった時に気を引かせる為に始めた声音遊びを取り入れた。

息子に大爆笑だったこの声音遊び、ワークショップ始めから子供達は食い付いてくれて、素晴らしい材料をくれた息子に感謝。

子供という小さな人達は、本当に見くびってはいけない。

私達大人よりも、ずっと物事の本質を見抜く力があると思う。

大人が「子供向け」としてしまう事程、子供にとって退屈なことはないのではないかな。

子供とイベントをする時、「これは子供には分からない、これは子供には難しすぎる」と子供を舐めてしまう事を絶対にしないようにしようと心がけているけれど、こちら側が子供を1人の人として認め、彼らの素晴らしい感覚や表現方法に敬意をもっていると、子供もしっかりとその事を分かってくれる様なきがしている。

それはきっと、どんな場面においてもそうで、子供と遊ぶ時、子供と話す時、大人がどれだけ彼らと本気で向きあっているかで、子供もこちらに本気で向き合ってくれるのではないかと思う。

ワークショップでそんな確信を得た後、息子と息子のお友達達と公園で思いっきり遊んだ。

遊ぶ時も本気で遊ぶ。一緒に走り回り、バトミントンしてころがり、迷路探検し・・・

いつでも本気で遊ぶから疲れるけど、本気は子供に伝わっている。

そんな中、とても嬉しい事があった。

ある息子のお友達が、私に悩みを相談してくれた。

私は彼女に共感し、あるアドバイスをした。すると、そのアドバイスが腑に落ちたようで、昨晩「えいちゃんのママが○○って言ってくれたんだ」とお父さんにお話ししていたのだそうな。

彼女のお母さんも心配していたその悩みを打ち明けてくれた事、そしてそれを明るくポジティブに受け入れられるようになった事が本当に嬉しく、本気で向き合えば自分の言葉もしっかりと心の中に残ってくれるのだな・・と感動した。

そして、少々辛かった公園後の息子リクエスト「スイートポテト作り」も、幼稚園で作ったスイートポテトがとても美味しかったから、自分が掘ったお芋で作ったスイートポテトを食べさせてあげたかった・・・という優しい気持ちの贈り物が返って来て、嬉しかった。

忙しい時、つい子供に「〇〇は駄目!!」「〇〇はしないで!!」と言ってしまうけれど、心に余裕がある時には子供に向き合い、どうしたら〇〇をやらないように出来るかを考える時間がうまれる。

ワークショップを通して、そして息子と過ごす時間、息子のお友達達と遊ぶ時間を通して、とても大切な事を気付かせてもらった。

彼らと過ごす時間は、最高にクリエイティブな時間。

子供は宝!いろんな意味で、宝!!!

大切にしなければ・・・