3.11から7年

CIMG6745 300x225 3.11から7年7年前の3月11日、私は栃木の実家で足揉みのお客さんと母と、まだ子犬だった愛犬を囲んで談笑していた。

突然の揺れで、お客さんが「大きな窓を開けておいた方がいい!」と言ってあわてて大きな両開きの窓を開けた事は鮮明に覚えている。

その後、私の住んでいた地域は停電。水はかろうじて止まっていなかったけれど、兄の住んでいた地域では水も断水してしまい、実家であるうちに避難して来た。

幸い実家はリフォームをしたてで薪ストーブを入れたばかり。皆で薪ストーブで暖を取りつつ、ロウソクや懐中電灯で手元を照らしながらラジオを聞いて過ごした。

余震が来る度に怖かったし、ラジオではただ事ではない様子が伝わって来て、でも声だけでその様子を想像する事はとても難しく、翌朝電気が開通してから見たテレビの光景はあまりにショッキングで、何て事が起きたのだ・・・と唖然とした。

被災地の方達は、私が経験した怖さや不安など比べ物にならない程の不安や恐怖、そして悲しみを経験なされたであろう。

昨日当たり前にあったものが、昨日当たり前にあっていた人が目の前からいなくなってしまう恐怖は計り知れない。

この7年間で、どれほどの復興がなされたかというと、住まう場所だけの問題でなく、心の問題など含めたらまだまだやらなければいけない事があるだろう。

東日本大震災が起きてしばらくして、母の元に私が製作した資料を送って欲しいという連絡があった。

母が足揉みを通して知り合った方で、福島県浪江町に移住なさって間もなく被災された方が浪江町から山の方へ避難なさっていて、避難されている方達は海が恋しかったり、慣れない生活で疲れているから、皆で足揉みをする為に資料が欲しいとの事だった。

それはとても良い事だと思い、直ぐに資料をお送りした。

海や山の自然は、それだけで物凄いパワーを持っている。

人はそのパワーに癒されたり、時にその力に太刀打ちできない事もある。

私は、数年前ポルトガルのダンスカンパニーで踊っていたけれど、ポルトガルで過ごしたリスボンの街の目の前には大きなテージョ川があり、その先には海が続いていて、心や身体が疲れると、海沿いを走る電車に乗って必ず海を見に行ったものだった。

私は海のない栃木県で育ったけれど、リスボンでの4年という歳月は私にとってご褒美の時間のようだった。

それからというもの、日本に帰って来ても時々無償に海が見たくなり、海を見に行くという事は続けている。

たった4年、海まで直ぐに行けるという生活をしていた私でさえそうなったのだから、ずっと海の傍で暮らしていた人達にとって、避難生活というものはきっととても苦しかっただろうと思う。

浪江町から避難された皆さんが、一緒に足を揉んでいると笑顔になるというお話を聞いて、身体のケア、心のケアをしていく事もとても大事な復興活動だと思った。

足揉みの事も、説明をするにもなかなか難しい所があったけれど、本が出来た今、この本をまた身体、心のケアが必要な所に届けられたら・・・と改めて思った。

3月11日、新聞を読む前に7年前の様々な事を思い返してからページをめくった瞬間にでた自分の本の広告。

このタイミングで、この広告を出して頂けた事も何かのタイミング。

改めて、自分がこれからどう生きて行くか、考えるきっかけとなった3月11日でした。

とにかく、今いただけている1日1日を精一杯過ごすしかない!!!

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夕日の写真は、ポルトガル時代何度行ったかわからないくらい行ったCascaisの海。

そして海の写真は、ヨーロッパ最西端の岬「ロカ岬」。

ここへ行くと、海は繋がっている。日本にも繋がっているんだ!と元気になれたものだった・・・。

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