セルフボディケアWSレポート

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資料
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今日のセルフボディケアWSも、大変充実した時間になった。

WSを行った日は、私自身も皆さんと一緒に足を揉んだり、身体を動かす事によってとてもよい気持ちになる。

今も、足がぽかぽかで気持ちが良い。

今日は、ウォークマット、そして今月注意しておくべき反射区をグリグリ棒で行った後、手で揉みきれないふくらはぎや腿にしっかりと血液を通す為に、ストレッチの時間を長く取ることに。

身体の後ろ側というのは、意外と目を向けないし、後ろ側をストレッチするという事はなかなか難しい。

特にお腹にしっかりと血液が廻って来ていない人は、今まで見て来た方達の100%の確立で背中側(身体の後ろ側)が堅く、背中を丸く出来なかったり、足の後ろ側を伸ばす事が出来ない。

という事は、背中側の筋肉が縮まってしまっている様な状態になっている。

西荻窪での月2回、そして栃木での月1回のWSどちらでも起こる事だけれど、WS終わりにいつの間にか上がらなかった腕が上がりやすくなったり、痛かった肩が痛くなくなったり、股関節の痛みが和らいでいたり・・・・とうことが沢山起きているけれど、意外と痛さを感じている患部では無い所が原因で痛みを発症しているという事は多い。

WSで提供しているストレッチは、とてもシンプルではあるけれど、WSの皆さんの身体の変化を通して私も気づかせて頂く事も沢山だし、確信を持つ事も多くなった。

官足法を通して身体の事をより観察し、ケアする様になったけれど、ストレッチのやり方や身体の反応の仕方など、様々なヒントは今まで培ったダンスの知識から貰っている。

こうして、全く違う分野であるダンスと官足法が繋がりを持ち、自分がダンスで出来る事、また自分が官足法で出来る事の幅を広げてもらった様な気がする。

今日のWSの最後に、舌や唇を振動させるあるエクササイズを行った。

このやり方は、ヨーロッパでのダンサー時代に、舞台で台詞を話さなければならない事があった為、ヴォイストレーニングを受けた時に、ヴォイストレーナーの方に教わったエクササイズ。

しっかり腹式呼吸が出来ていないと出来ない・・・というそのやり方は、一見口に関係している動きの様で実はそうではない。

こういう人の身体の様々な仕組みは本当に摩訶不思議でもあり、理にかなっているようでもある。

これからも、ダンサーである自分だからこそ提供出来るボディケアの幅をどんどん広げられる様に精進します。

そして、もうすぐ素敵な品物が届く。

足をケアする上での素晴らしい道具。

本場チェコからの上質のもの!!

届いたらすぐにお知らせしようと思います。

 

 

人間力

人間には、想像もつかない様なパワーを発揮出来る時があるような気がする。

でも、それというのはその時にパッと創られたものではなくて、何でもない日々の小さな努力や、小さな心がけが、いざという時のとんでもない力になる様な気がしてならない。

自分自身の経験を通してもそうだけれど、ダンスを通して知り合った友人達を見ていても、やはり自分を信じて毎日の努力を欠かさない人は、いざ!!!という時に必ず結果がついてきていた。

私の人生の中で、自分がめげそうになると思い出す出来事がいくつかある。

まず、ヨーロッパのダンスカンパニーのオーディションを受けまくり、落ちまくっていたベルギー時代に知り合った友人の事。

同じ様にダンスカンパニーのオーディションを受けまくっていた彼女とは直ぐに意気投合し、色々な話もしたし、オーディション情報を交換し合ったり、時には互いに慰め合ったりして、親友と呼べる仲になった。

オーディション周りにはお金がかかる。けれど、お金をかけてオーディションに行かなければ、まず仕事は得る事は出来ない。

友人もその年が最後のチャンスで、これで仕事が決まらなければダンスは諦めて自分の国へ帰るといっていた。

私も両親から、兄を大学にだしたと同じだけはサポートすると言われていたので、その年が最後のチャンス。これで仕事が決まらなければ、ダンスは辞める。という覚悟をもってオーディションに挑んでいた。

けれど、友人の覚悟は自分のものとは比べものにならない程の覚悟であった。

オーディションに行くためのお金を保つ為に頑張って節約をしていたけれど、洋服も数枚しか持っておらず、ダンスのレッスンから日常生活までその数枚で過ごしていたし、出来るだけ安く滞在する為にユースホステルでアルバイトしながら無料で滞在させてもらいながら、昼食には朝食のパンを持ち歩いて節約していた。

そんな彼女に触発されて、私も何とか親に負担を少なくさせたいとアルバイトを捜した。

オーディションがあればそれを最優先させてくれる、という条件で、運良く日本人の方が経営するお店でアルバイトをさせて頂ける事になり、朝自分の為のダンスクラスを受け、夜はアルバイトをし、オーディションがある時には一番やすい夜行バスでオーディション会場へ向いオーディションを受けるというハードな生活をしていた事も、今思い出せば良い思い出。

その後、私も就職が決まり、彼女も学校が決まりそれぞれ新しい生活が始まったけれど、その後彼女は大出世して、世界中を駆け回り素晴らしいダンサー生活を送りながら女性としても幸せに暮らしている。

あの時、彼女に出会えた事は本当に自分にとって大きな出来事だった。

何よりも、誰に何と言われようと人からどう見られようと、自分の信念を貫き努力している人には必ず結果がついてくるのだ。という事を目の当たりにした。

そしてもう一つ、私に大きな影響を与えた出来事は父が倒れた時。

あの時ほど、自分は無力で何も出来ない・・・と感じた事は今まで無かった。

人の命の長さは決められない。どんなにお金があっても、それだけは買えない。

父を手術に送り出す時、私がどんなに頑張ったとしても、お医者様がどんなに頑張ったとしても、父の生命力にかけるしかないのだ。と思った。

もうこれは、父のもった運にかけるしか無いのだと。

父は九死に一生を得る事が出来たけれど、この奇跡は父が今まで積み上げて来たものだと思った。

そんな出来事を経験してから、人の事は自分には何も出来ないのだな・・・と思う様になった。

家族の事、友人の事、大切な人の事は心配になるし、出来るだけ協力したいと思う。

けれど、最終的な所で何も出来ないのだと分かったら、とにかく自分のその時に出来る事を精一杯する事が相手の為にもなるのだ!!と今は信じて行動している。

人の事は変えられない。でも自分は変えられる。

自分で選んで自分で行動していたら、何かがあった時人のせいにしないようになる気がする。

とにかく、今自分の出来る精一杯を生きようと思う。

そうしていれば、道は自ずと開けて行くと思うから。

自分の身体を整え、自分の気持ちを整え、自分の出来る努力を続ける事。

そういう積み重ねが、いつか必ず自分も自分の大切な人も守ってくれるのだと思うから。

努力の先には未来が明るい!と信じて頑張ろう!!

あぁ〜〜、ポルトガルに行きたい。

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先日行った佐野市でのセルフボディケアWS。

会場が変わった為に、佐野でもお茶の時間を設ける事が出来る様になった。

WSでは、5月よりその月の陰陽五行説や経絡などについても勉強するようにし、皆で和気あいあいと楽しい時間を過ごす。

一緒に身体をメンテナンスした後のお茶の時間はいつもとても楽しみな時間。

その時々で題材になる話の内容が変わる事がとても面白いけれど、先日の時間も面白い時間となった。

話題となったのは、病気になりやすい職業の話。

そして、佐野厄除大師の話からの色々な話。

佐野厄除大師はなかなか有名な場所である。

徳川家康の遺骸を久能山東照宮から日光東照宮へ移す際に、一度佐野厄除大師に寄ってから日光へ向ったという、由緒ある場所。

私も佐野に住んでいながら、初詣に行ったりはしたものの、しっかりとご祈祷をしてもらった事は今まで無かった。

佐野厄除大師は厄除という言葉がつく所でもあるので、中には厄を貰って来てしまう・・・という話も聞いた事もあるけれど、実際にお祓いをしてもらって、その迫力にとても感激し、そこで頂いたお札に書いてある事を読めば読む程、しっかりと決まり事を守って奉らないといけないな。と気が引き締まった。

お札を家のどこにどの方向を向けて置き、大きなお願い事をする時に準備するものや、願いが叶った時にどうお礼をするか・・などが書いてあったけれど、特に気をつけなければいけないのはお札を置く向きなのだそうな。

必ず東、もしくは南に向けて飾らなければいけない。この向きがとても重要だと書かれていた。

日本の古くからある祀り事というのは本当に興味深い。

そんな話から、私が数年前に登った身延山の話になった。

身延山はお坊さんが修行を行う山でもあり、徒歩でしか登れない山。

身延山の頂上からは真っ正面に富士山が見える。

お彼岸には、富士山の真ん中からご来光が見えるらしい。

一日かけて山を登り、一晩を山頂で過ごし、富士山からのご来光を拝み、下山する。

山頂で精進料理を食べた後、10人を超えるお坊さん達が一度にお経を読み上げ、一人一人の願いを読み上げてくれるのだけれど、中には声がガラガラにかれてしまっているお坊さんもいて、その迫力には圧巻だったのを覚えている。

その徒歩でしか登れない身延山は、中途半端な気持ちで登ったりすると必ず頂上まで登れなくなってしまうのだとか。

何度もその山に登った事のあるある方は、以前登る前に「こんな山、登れるに決まってるわ!」と馬鹿にして登山を始めた方が、ある地点から原因不明で足が全く動かなくなってしまって、結局自力では登れずに頂上までカゴの様なもので数人がかりで運んでもらわなければならなくなって、10万円くらい払わなければならなくなったことがあった!と話してくれた。

そんな話から、水子供養の話に。

なぜ水子供養の話になったかというと、霊山である身延山で、流産経験がある方がある地点から足が重くなってしまうという事があったから。

供養をする事って、とても大切ですね。という話に。

それは、佐野厄除大師で見つけたある言葉達から。

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この世に産まれる事が出来なかった子供さんを供養する事で、お寺さんに預け、出家されたと考えるのだと。

昔から一家の中からお坊さんが出る事は、七代にわたって栄えると言われているのだとか。

今、人の身体を見させて頂く事も仕事にさせて頂いているけれど、この仕事を通して悲しい思いをした方にも出会う事もある。

もしこの事を知っていたら、この事教えてあげたかったな。と思う。

人の命は永遠ではない。

その人生は長いものもあれば短いものもある。

けれど、一つの人の命として、残された人はしっかりその命を敬わなければならないような気がした。

WSの後、祖母に会いに行った。

細く、小さくなってしまったけれど、94年もの人生を生き抜いて来た事を誇りに思った。

目はまるで赤ちゃんの様になり、何か話したかと思うとお礼ばかり言っている。

様々な出来事を通して,様々な事を学ばせてもらっている。

自分の命を大切に、毎日出来る事を精一杯頑張ろう!!

 

 

ゾウのはなこ

今日、息子と26日に亡くなった井の頭動物園のゾウのはなこにお花をあげて来た。

今の家に住み始めて、自転車で気軽に行ける井の頭動物園。

息子やお友達とも何度か訪れ、今年は年間パスポートも購入した所だった。

息子ははなこちゃんの事大好きで、はなこちゃんの所に行くとしばらくそこから離れなかった。

外に出ている所を見られたのは1回だけだったかもしれない。

でもその時お尻を向けていたけれど、息子と一緒に話しかけるとこちらを向いてくれて、まるで通じたみたい!お話しようとしているみたい!!!と思ったくらい。

ネットでは「世界一可哀想なゾウ」という言われ方をし、決していい環境とは言えない中でひとりぼっちで過ごしていたのかと思うと、切なくて切なくて、なかなか直ぐにお花をあげに行けなかったのだけど、今日行って本当に良かったと思った。

はなこちゃんが居なくなった場所には沢山の花が置かれ、足の踏み場も無い程だった。

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思わず涙が出そうになってしまったけれど、こんなに沢山の人に愛されていたのだな・・・・と思うと、はなこちゃんは「世界一かわいそうなゾウ」なんかじゃない。と思い、切なく可哀想だと思っていた気持ちが少し安心に変わった。

戦後から今までの長い間、本当にお疲れ様でした。

はなこちゃんんの死を通して、気づかせてもらった事がある。

幸せというものは計れるものではない。「世界一可哀想」に見えたとしても、こんなに沢山の人に愛されたゾウは世界を探したって居ないのではないかと思ってしまう。

きっと、人の人生であってもそうなのだと思う。いくら裕福に見えても、いくら良い生活をしているように見えても心が寂しい事だってある。

逆だってある。

はなこちゃん、本当に長い間お疲れ様でした。

ずっと忘れません。

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Facebook離れ

突然ではあるけれど、Facebookというものに疑問を感じる様になってしばらく距離を置く事にした。

Facebookをはじめたのはまだヨーロッパに住んでいた頃。まだ日本語版なんて無い時で、特に活用していた訳ではなかった。

でも、日本に帰って来てからは、遠くに住む友達達と気軽に連絡が取れたし、離れていても近況が分かることは嬉しい事だった。

日本版のFacebookが出来て、日本の懐かしい友達ともfacebookで再会したりして、それも嬉しい出来事ではあったけれど、会っている様な気になって、知っている様な気になっているけれど会う人には時間を作って会うし、会わない人にはまったくもって会わない訳で、近況や自分の思っている事など、共有したい人と共有出来ればそれでいいかな。と思う様に。

それには一つ、大きなきっかけがあった。

先日、旦那さんが海外出張中に実家に帰っていた為、母の行っている講座に少しだけ顔を出させて頂いた。

皆さん一生懸命に勉強なさっていて、とても刺激を受けた。

講座が終ると、ある受講生の方が私のブログを読んでくれているのだと話掛けてくださった。

HPを作成した頃、パリに住んでいた頃から書き始めたブログだから今では投稿も100を超えているけれど、なんとその方は、ブログ最初から全部読んでくださったというではないですか!!

感激してしまった。

自分の書いたものを、自分の知らない所で時間をかけて読んでくださっている方がいるという事にとても感動してしまった。

ブログを楽しみにしてくださっているという言葉に、何だか大切な事に気づかせて頂いた様な気持ちになった。

ブログには、沢山の人に知ってもらえたら!!と思う事を書く様にしてきた。

自分の事、ダンスの事、身体の事・・・。

どれも自分にとっては大切な事だけれど、大切な事だからこそ、もっと大切に扱わなければと改めて思った。

本当に読みたい。と思っている人が読んでくれる事が、もしかしたら自分の大切な事を大切にする事かもしれない。

そして、私のページを探して読んでくれた。という事への嬉しさは、やはりとても大切にしたい思い。

ひょんな出来事から自分の気持ちが動いたけれど、これも自分に訪れた時期なのだと思う。

何でも、自分に必要な出来事はピッタリのタイミングで訪れるもの。

もう一つ、恐らく今の自分の心境の変化に大きな影響を与えた出来事がある。

GW中に足を運んだ日光で、今年自分が大厄だという事に気づいてから、厄よけをしなければ。と思っていた。

前の厄年では前厄の時に父が倒れ、しかも倒れたのは自分の結婚式の2週間前・・・という事もあったので、気の持ち様かもしれないけれど厄よけをどうしても行いたかった。

まだ独身の頃、家族で温泉に行った時に偶然お話ししたおばさんに、とても為になる話を聞いた事がある。

地元佐野にある佐野厄よけ大師は素晴らしくご利益がある所だという事や、お参りや祈願は絶対についでに行ってはいけないという事など、なるほど!と思うお話は今でも鮮明に覚えている。

実家帰省中に厄よけに行きたいと母に話し、母の仕事が早く終るという日に合わせて厄よけに行く予定だった。

しかし、早く終るはずだった仕事はある間違いで1人施術が増えた事で大幅に時間が遅れて終らず、息子にかなり我慢をさせながら家で待っていた私も我慢が爆発し大げんかに。

厄よけに行く所ではなくなり、もうこの帰省中に厄よけには行けないと思っていた。

翌日、母は仕事が午後まであると聞いていたので、息子を遊びに連れて行った先でお昼を食べていると母から電話。

午後のお客さんが突然キャンセルになったから、厄よけに行けるという事。

暦を見れば先負で、午後は吉だから、今日行ってこよう!と。

厄よけに向う車で、母が「昨日は友引だったよ。昨日は行けない様にちゃんとなってたみたいだ」と。

現代では六曜の言われは関係ないという人もいるけれど、母の影響で私は気にする方であった。

厄をよける物だから友引でも良いのかな・・・と思っていたけれど、「凶事に友を引く」という事で厄よけには良くないらしい。

きちんと知らないと駄目だな。と勉強不足を思い知らされたけれど、またこの出来事で一つ勉強になった。

しかし、この出来事を通してもまた、必要な時に必要な事は必ずやってくる。と確信。

佐野厄よけ大師で厄よけをし、一緒にいっていた母や息子も一緒にご利益ある炎によって身体を清めてもらった。

その迫力あるご祈祷はやはり感動して涙が出そうになった瞬間があったけれど、この出来事も今の自分の気持ちに大きく関係している様な気がする。

これからも、このブログでは自分の感じた様々な事を書き留めて行きたいと思います。

まだまだ未熟者ですが、これからもどうぞ宜しくお願い致します。